私が気になる潔癖じいさんの正体

私の会社は100m程離れたところに駐車場スペースがある。
当社専用ではなく、40台分ほどの月極駐車場の数台分を会社で借りているのだ。

ここの駐車場は地面が砂利道で駐車番号もない。
車庫スペースはロープで区切られているだけの車幅の狭い駐車場だった。
一言でいうと金をかけていない駐車場だ。

それでも近隣に商業ビルが多いせいかその駐車場はいつも満杯状態だった。

その駐車場を出て車道に出る通りになんとも古びた一軒家がある。
薄いねずみ色をした外壁にはあちこちヒビが入っていて
正面に向かって左側は緑色の外壁にトタン屋根のツギハギ増築の跡が窺える。

そこを通らないと会社には行けない。
朝の通勤でほとんどの人が気怠そうに歩いているためその家を見上げる人はほとんどいない。
夏は暑いと日傘を差し、冬は寒いと首をすくめて皆が下を向いて歩いている。

でも私はどうしてもこの家に違和感を覚えた。
なんだろう・・・古い家だけど、別に普通の家だよなぁ。。。

ある朝
定年を過ぎたじいさんがはたきを持って外壁の埃をはたいている。

もう一度云おう。「外壁」の埃だ。

なんの凹凸もない二階建ての一軒家でガラス張りの玄関らしき入口の上にベランダから身体を乗り出し、動きはトロいがキュッと口を堅く結び、パタパタと外壁を掃除しているのだ。

家の中をはたきでパタパタと掃除したことは私もある。しかしこの老人は良く晴れた日に家の外壁をパタパタかけているのだ。

朝から何とも言えぬ衝撃が走る。

私には歩道に掃除機をかけているほど無駄に見えた。
逃げる

「この老人はボケとるのか。」

咄嗟にそう思った。

また翌朝、今度は大人の拳より一回り大きな丸い石を丁寧に磨いていたのである。

これまたキュッと固く口を結び、真剣にボロ雑巾で磨いている。

どうやら、庭にある大きなバケツに何かの板で蓋をし、その上に重しとして乗せている石のようだ。

よく見ると、ガラス戸には手垢ひとつなくピカピカに磨かれており、自分の敷地となる畳二畳分ほどの庭には、枯葉一つ落ちていないのだ。

そこで私はこの家に対する違和感の正体に気づいた。

この古いツギハギの家は塵ひとつなく、異常なまでにキレイに掃除されていたのだ。

「この老人はあれか!潔癖症か!!」

そう思わずにはいられなかった。

そしてまた不思議なのは、この潔癖じいさんの身なりだ。

痩せた体つきで動きがゆっくりしたこの潔癖じいさんは頭のてっぺんから髪の毛は衰退し、

寒くなり始めた冬でも裸足で底がだいぶすり減った雪駄を履いている。

手首の周りがびよんびよんに伸びたヨレヨレのグレーのスエットをチョコレート色したスエード素材のズボンに完全にINしていた。

どれも長く使い古してくたびれたものを身に着けていた。スエットのひじに開いた穴を縫った跡がある。

じいさんが住む家と比例するように古くておんボロな服を大切に清潔に長く使っているらしかった。

朝の出勤通路の一瞬の出来事だが、毎日目の前を通るたびにじいさんに感情移入していった。

そのうちに毎朝、今日はどこを掃除しているのだろうと思うようになった。

そんなある日、じいさんがばあさんの手を引いて玄関先から出てきたのだ。

じいさんと同い年くらいのばあさん。寝起きのままなのか、
寝癖がみえるが、暖かそうな編みこみのチョッキを着ていた。ばあさん初登場である。

その時の潔癖じいさんの顔が何とも穏やかだった。これは忘れない。

いつもは固く結ばれた口元は緩み、優しく微笑んでいる。

段差のある玄関で転倒しないように優しくばあさんの手を引いているのだ。

玄関はめーいっぱいに扉が解放されて、ばあさんの行く手を阻む物は何もなかった。

このばあさんは潔癖じいさんに絶対大切にされているじゃん!!

自信をもってそう感じた!!

この家と家に置かれているすべてのモノが潔癖じいさんの手により、

いつも清潔に、いつでも現役で使用できるようにピカピカに磨かれているのだから。

もう、私の中で潔癖じいさんは長老のような懐の深い、人間のすべてを悟ったような人物に思えて仕方がなかった。

いつの日か聞いてみたい。あの潔癖じいさんに。無邪気な子供のようなふりをして。(もう三十路過ぎの女ですが・・・)

べつ:「どうしておじいさんはいつも窓をピカピカに磨いているの?

老人:「暖かい日の光がおウチに入るようにだよ」(平泉成さん風)

べつ:「どうしておじいさんはいつも石をピカピカに磨いているの?」

老人:「この石を掴んだ時に苔が生えてたら、石を足に落としてしまうだろう」(平泉成さん風)

べつ:「どうしておじいさんはいつもはたきをかけているの」

老人:「まだまだこの家とばあさんには長生きしてもらわなきゃなあ」(平泉成さん風)

素敵だ!完璧な回答だ!

金は無くても愛はある!

シチューのCMに出てくるようなほっこりした優しいじいさんに

私の心もほっこりした気持ちになったのだ。(いや、言ってないけどね)

じいさんの潔癖の裏にはこんな愛が隠れていたんだな。

物資が少ない日本高度成長期であろう

じいさんの幼少期の影響が(妄想)現代社会の忘れかけている物を長く大切に愛着を持って使う。

そんな心が貧しくても豊かな人生にしてくれるんだな。

翌朝、そこを通ると二畳ほどの庭先に四駆・黒塗りのアウディが横付けされていた。
アウディ。ドイツ生まれの外国車アウディ。

どうしてお前がここにいるんだい。

ここには心優しい病弱なばあさんと心優しい潔癖じいさんしかいないのよ。

アウディ。君が決して安い男じゃない事くらい私にだって分かっているのよ。

会社の人曰く、
潔癖じいさんの正体はここ一帯の駐車場を所有している地主で、
息子が管理をしているとこの事だった。

私は、アウディを車用の羽はたきで磨いている潔癖じいさんを見て、もう心が温まる事がなくなっていた。

無駄に長くなってすみません。

以上。私の気になる潔癖じいさんでした。

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